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2007年9月

ぴぱの名の由来

「ぴぱって、どういう意味なんですか?」

と聞かれたのは、ぴぱの入居者を募集している6月頃の事だったろうか。

ハハハ、ぴぱですか………汗汗汗。

意味ですか~~~~んんんんん……苦苦苦!!

そう言えば、ぴぱの名の由来は、極めていい加減というのか、直感的というのか。

それは、遡る事、一年程前。

名も知らぬペット可物件の構想や基本設計を考えながら、森で作業している最中に、さて、名前はどんなものにしたものかと考えた。

当然、他に無い名前だ。

○○ハイツだの、レジデンス○○だのなんだのは、まったく候補に無かった。

ただ、響きの良い、単純な名。

そう、弾ける様な名だ。

ポチャン

ドカン

パキン

そして、数日後、特に考えなしに何気なく口からでた言葉、いや、音。

ぴぱ?

ぴぱぱぱぱ。

ん~、ぴぱ~ん。

これだ。この弾けるような響き、そして、なんとなく疑問符がつくような、

なに?って聞き返したような感覚。

ぴぱ?

んん。ぴぱ~

さらに、空を見上げて、「ぴぱ」と呟くと、なんだか、嬉しくなるでないか。

これだ。

ふふふふ。

しかし、その時、このぴぱという名に決定するつもりは特になかった。当面、その名で呼んでいようという程度の事だったのだ。

そして、そのぴぱという名に、意味など無かった。ただ、楽しそうな響きが良かったのだ。

さて、この名を他のスタッフに披露すると、反応は……。

え?

……何?

ぱぺ?

ぺぺ?

ぴぱだよ。

ぴぱ? 何それ。

名前だよ。

何の?

ペットハウスの名前だよ。

名前……、パピ。

違うよ、ぴぱだよ。

ピパ…ええー、……本気?

うん。まあ、当面。

当初は、ぴぱという名を使って、建築業者や、他のスタッフと話す時、なんとなく気恥ずかしかったのだが……。

その後、慣れは恐ろしい。やがて、ぴぱ以外の名は考えられない程、関係者に浸透していったのだ。

しかし、ペット共生物件の固有名詞としての呼び名以外の意味の存在など考えていなかったのだ。しかし、それを聞く人がいた。

ぴぱに見学に来た人だった。

「ぴぱって、どんな意味なんですか?」

このペット共生物件の名以外に、他の意味があるのかと聞かれたのだ。今まで考えた事の無い次元の質問だった。

他に意味がありそうな、あるかもしれない。名前ぴぱ。

で、当然、調べた。

ぴぱ。ピパ。

南アメリカ北東部アマゾン川、オリノコ川流域に生息する、 一生を水中で過ごすカエルの一種。

……イマイチ。

ピパとはスペイン語で種のこと。

……ふむふむ。

ピパ」とはスペイン語で"最高のひととき"という意味

……こ、こ、これだ。

そして、見つけた。

めろ・ぱそ・ぴ~~~ぱ♪. me lo paso pipaとは、 どうやらスペイン語で 「わたしは楽しい!!」という意味らしい。

ハハハハ。はーはー。

やった。

なんと素敵な名だ。

空に両手を広げて、声を上げて

めろ、ぱそ、ぴ~ぱ

なんだか、楽しくなってくるではないかハハハ。

ちなみに、グーグルで「ぴぱ」と平仮名で検索すると、一番トップに

ぴぱ(ペット共生賃貸情報!)

がくるのには、驚いた。

トップなのだ。

何時の間に。

関心。

さて、話は少し変わって、入居者状況であるが……。

屈折半年。

オープン当時は、唖然、呆然……慄然………オンザエッジ、最先端。

どこの最先端。

崖の。

そう、オンザエッジ=崖っぷちだった。

ふーふー。

正直、青かった。

やばかった。

しかし、コツコツと見学客が訪れてくれて、入居者が決まり……二歩進んで一歩下がるというような、のんびりと……。

そして、先週でた「週間いな」の記事に、入居者のぴぱでの暮らしの様子が載り、残り部屋数、後○×△室との記事がでるや……

入居者のテンポが速くなり始めました。

いろいろありがとうございます。

今後ともぴぱをよろしく。

めろ、ぱそ、ぴ~~ぱ。

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台風通過

本州直撃の台風が通りすぎた。

空は晴れ渡った。

森は、台風の被害等は無く、大地を潤す恵みの雨となった。

しかし、この台風直撃で被害を受けた方々には、心痛の思いを抱く。

さて、森の人である私は、天気が良い事に、しぶしぶ、かねてよりの極秘計画を進めようと、パソコンの前でグスグスしていた。

やる気が無いのだ。困った事だ。

が、携帯が鳴った。

知り合いの不動産屋さんからだ。

そして、指令が。

やおら、車に乗って走り出した。

極秘指令が出たのだ。

忙しい。

ぴぱの見学者は、亜熱帯と化した8月は、さっぱりであった。ところが゛、涼しくなると共に、ポツリポツリと連絡が入り始めた。

地元の方が多いのは当然だが、このネット社会と化した現在、ぴぱのホームページを見たという、遠きは東京圏や名古屋圏などの方々からも問い合わせが来る。

そんな遠くの人が、南信州の片田舎のぴぱに関心を持って頂けた事に、正直、驚くと共に、不思議でもある。だが、よくよく考えると、現在ぴぱに入居している方々の3割ぐらいは、神奈川や千葉、金沢、遠くは九州、佐賀と、遠方より家族もろとも来ている。

南信州のこの辺りは、大変のどかで、山々に囲まれた平らな地。諏訪方面や木曽方面から越して来る人々も多い。自然豊かでのんびりしていて、人気があるのだ。

まあ、都会のような刺激は無いのではあるが、ネット時代の現在、情報は田舎にいても、都会と遜色はない。最近、ぴぱにも、NTTの光が配備可能となった。まあ、金はかかるが、ネットが無いと生きてゆけない時代だ。

ネットによる情報化も凄まじいが、今までの紙による情報も健在だ。時折ぴぱの宣伝を、地域情報誌に掲載しているが、その関わりから、2週間ほど前、週間いな(信濃毎日新聞系列の伊那地方の情報週間新聞)から取材したいとの連絡が入った。

さて、どうしたものかと考えた。

ぴぱスタッフが取材を受けると、どうしても、手前味噌的なぴぱ宣伝取材となってしまう。そこで、入居者に取材をしてもらう事にした。

入居者の方々には、気軽に取材にのって頂き、大変ありがたかった。

その内容は、9月13日あたりの週間いなに載るようだ。また、紹介したいと思っている。

昼過ぎ、不動産屋の極秘指令をこなしながら、おんぼろジムニーであちこち流すと、田んぼの稲が黄金色になり始めている事に気付いた。

そろそろ、収穫の時。秋祭りが……、そして、各地の学校では運動会と……。

ぴばの建設が始まったのは、ちょうど一年前の秋だった。

あれから一年。

スタッフとしては、汗だくの時が過ぎた。

まるで、富士急の「ドドンパ」のように過ぎ去った1年であった。そして、次は「ええじゃないか」のような強烈な揉みくちゃジェットトコースターのようにならないように祈るのみだ。

ここの文は、ドドンパに乗った事のある人でないと、分からないかもしれない。ちなみに、富士急のドドンパに、今年の夏私は乗った。

よく乗ったものだと、感心した。なぜかというと、数年前、富士急を家族と共に訪れた時、なんの考えもなく、フジヤマにひとりで乗った。恐怖のあまり、途中で「下ろしてくれー」と叫びたかったが、動きだしたら、後の祭りだ。

乗っている最中は、恐怖のあまり、全身に力が入り、安全バーが曲がった程だ(嘘)。生きた心地がしなかった。そして、二度と乗らないと誓った。

二度と乗らないとだ。

この誓いは、血の掟に近いものだ。なんだ血の掟って?。まあそれ程強くだ。しかし、年月は恐ろしい、記憶は時の流れに少しずつ薄れていく。しかし、今年の夏、富士急に家族が行くという話の中、アッシー君としての随行に、決してジェットコースターには乗らないと誓っていた。

ところがどうだ、子が以前、なんかの仲間と富士急でドドンパに乗ったとか言い、また乗ると言うのだ。これは、私の聞き違いで、乗ってはいなかったのだが、子供が乗れたなら、たいした事はないだろうと、勝手に思い込んでしまったのだ。

で、乗った。

「下ろしてくれーーーーー」だ。

その強烈な加速。圧縮空気で、一秒だか2秒後に時速180キロの世界まで加速する。

まさに、全ての景色が線と化した。

 その後、子供が乗る水上コースターに子等と乗り込む寸前で、逃亡した。

恐怖がわき上がったのだ。

飽きれ果てられた。

なんだか、話がそうとう反れた。

当然、「ええじゃないか」には乗らなかった。子は面白いと言って、2回乗った。

……乗ってみたい気も、少しする。

さて、今週は、遠く関東圏から見学客が来る。

遅れないように、ジムニーで出かける。

さて明日の天気は?

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