台風通過
本州直撃の台風が通りすぎた。
空は晴れ渡った。
森は、台風の被害等は無く、大地を潤す恵みの雨となった。
しかし、この台風直撃で被害を受けた方々には、心痛の思いを抱く。
さて、森の人である私は、天気が良い事に、しぶしぶ、かねてよりの極秘計画を進めようと、パソコンの前でグスグスしていた。
やる気が無いのだ。困った事だ。
が、携帯が鳴った。
知り合いの不動産屋さんからだ。
そして、指令が。
やおら、車に乗って走り出した。
極秘指令が出たのだ。
忙しい。
ぴぱの見学者は、亜熱帯と化した8月は、さっぱりであった。ところが゛、涼しくなると共に、ポツリポツリと連絡が入り始めた。
地元の方が多いのは当然だが、このネット社会と化した現在、ぴぱのホームページを見たという、遠きは東京圏や名古屋圏などの方々からも問い合わせが来る。
そんな遠くの人が、南信州の片田舎のぴぱに関心を持って頂けた事に、正直、驚くと共に、不思議でもある。だが、よくよく考えると、現在ぴぱに入居している方々の3割ぐらいは、神奈川や千葉、金沢、遠くは九州、佐賀と、遠方より家族もろとも来ている。
南信州のこの辺りは、大変のどかで、山々に囲まれた平らな地。諏訪方面や木曽方面から越して来る人々も多い。自然豊かでのんびりしていて、人気があるのだ。
まあ、都会のような刺激は無いのではあるが、ネット時代の現在、情報は田舎にいても、都会と遜色はない。最近、ぴぱにも、NTTの光が配備可能となった。まあ、金はかかるが、ネットが無いと生きてゆけない時代だ。
ネットによる情報化も凄まじいが、今までの紙による情報も健在だ。時折ぴぱの宣伝を、地域情報誌に掲載しているが、その関わりから、2週間ほど前、週間いな(信濃毎日新聞系列の伊那地方の情報週間新聞)から取材したいとの連絡が入った。
さて、どうしたものかと考えた。
ぴぱスタッフが取材を受けると、どうしても、手前味噌的なぴぱ宣伝取材となってしまう。そこで、入居者に取材をしてもらう事にした。
入居者の方々には、気軽に取材にのって頂き、大変ありがたかった。
その内容は、9月13日あたりの週間いなに載るようだ。また、紹介したいと思っている。
昼過ぎ、不動産屋の極秘指令をこなしながら、おんぼろジムニーであちこち流すと、田んぼの稲が黄金色になり始めている事に気付いた。
そろそろ、収穫の時。秋祭りが……、そして、各地の学校では運動会と……。
ぴばの建設が始まったのは、ちょうど一年前の秋だった。
あれから一年。
スタッフとしては、汗だくの時が過ぎた。
まるで、富士急の「ドドンパ」のように過ぎ去った1年であった。そして、次は「ええじゃないか」のような強烈な揉みくちゃジェットトコースターのようにならないように祈るのみだ。
ここの文は、ドドンパに乗った事のある人でないと、分からないかもしれない。ちなみに、富士急のドドンパに、今年の夏私は乗った。
よく乗ったものだと、感心した。なぜかというと、数年前、富士急を家族と共に訪れた時、なんの考えもなく、フジヤマにひとりで乗った。恐怖のあまり、途中で「下ろしてくれー」と叫びたかったが、動きだしたら、後の祭りだ。
乗っている最中は、恐怖のあまり、全身に力が入り、安全バーが曲がった程だ(嘘)。生きた心地がしなかった。そして、二度と乗らないと誓った。
二度と乗らないとだ。
この誓いは、血の掟に近いものだ。なんだ血の掟って?。まあそれ程強くだ。しかし、年月は恐ろしい、記憶は時の流れに少しずつ薄れていく。しかし、今年の夏、富士急に家族が行くという話の中、アッシー君としての随行に、決してジェットコースターには乗らないと誓っていた。
ところがどうだ、子が以前、なんかの仲間と富士急でドドンパに乗ったとか言い、また乗ると言うのだ。これは、私の聞き違いで、乗ってはいなかったのだが、子供が乗れたなら、たいした事はないだろうと、勝手に思い込んでしまったのだ。
で、乗った。
「下ろしてくれーーーーー」だ。
その強烈な加速。圧縮空気で、一秒だか2秒後に時速180キロの世界まで加速する。
まさに、全ての景色が線と化した。
その後、子供が乗る水上コースターに子等と乗り込む寸前で、逃亡した。
恐怖がわき上がったのだ。
飽きれ果てられた。
なんだか、話がそうとう反れた。
当然、「ええじゃないか」には乗らなかった。子は面白いと言って、2回乗った。
……乗ってみたい気も、少しする。
さて、今週は、遠く関東圏から見学客が来る。
遅れないように、ジムニーで出かける。
さて明日の天気は?
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